学校には行けない。でも、習い事には行ける。この状態は「よくあること」です。ただ、親御さんにとってはいちばん説明しづらい状態でもあります。周りから「じゃあ学校も行けるよね」と言われてしまうからです。
元小学校教員として15年、いまは公認心理師・スクールカウンセラーとして学校現場にいます。「不登校の子におすすめの習い事」を並べた記事は山ほどありますが、現場で子どもたちの話を聞いていると、行けるかどうかを分けているのは「何を習うか」ではありませんでした。この記事では、実際に行けていた子の共通点と、新しく始める前に確かめてほしいこと、「習い事に行けるなら学校も」と言いたくなったときの言い換えをまとめます。なお私の現場は小学校です。中学生以降は事情が変わる部分がありますので、その点はご承知おきください。
習い事に行けている子の共通点は「同じ学校の子がいないこと」
先に結論です。学校を休んでいても習い事には行けていた子には、はっきりした共通点がありました。その習い事に、同じ小学校の子がいないということです。
学校を休んでいる子は、周囲の目をとても気にします。特に休み始めの時期は。子どもたちはこう言います——同じ学校の子に見られるのはもちろん、その保護者や、家の近所の大人に見られるのも本当に嫌だと。「どうしたんだろう。今、学校に行ってるはずの時間なのに」。そう思われることが、何よりこたえるのです。
子どもが気にしている「目」の正体
| 誰の目か | 子どもが感じていること |
|---|---|
| 同じクラス・同じ学校の子 | 明日、学校で話題にされるかもしれない |
| 同級生の保護者 | うちの親に伝わる。親に迷惑をかける |
| 近所の大人 | 「なんで学校にいないの」と思われている気がする |
| 習い事の先生・コーチ | ここでは学校の話をされない。だから行ける |
つまり子どもは、種目が嫌なのではありません。「学校を休んでいる自分」を知っている人と会うことが苦しいのです。同じ学校の子がいない場所なら、その負荷がまるごと消えます。だから行ける。理屈はシンプルです。
選ぶ物差しは「何を習うか」より「誰に会うか」
もし今、続けられる習い事を探しているなら、パンフレットの内容より先に確かめてほしいのはここです。
- 同じ小学校の子が通っていないか(学区の外か、曜日・時間帯がずれているか)
- 送迎の道で、同級生の下校時間とぶつからないか
- 先生やコーチが、学校のことを詮索しない人か
- 人数が少なく、休んでも目立たないか
おすすめの種目はよく語られますが、同じ種目でも、教室が違えば結果は真逆になります。見るべきは看板ではなく、その部屋にいる人です。
いま続いている習い事は、学校より先に守る
「学校も行けていないのに、習い事だけ続けさせていいのだろうか」。多くの親御さんが迷うところですが、私は続いているものは何よりも先に守ってほしいとお伝えしています。
習い事が果たしている本当の役割は「家族以外に話せる人」
不登校でいちばん心配なのは、学習の遅れよりも引きこもりです。社会とのつながり、家族以外とのつながりが切れた状態が続くほど、外に戻るときの足場が減っていきます。
習い事に行けている子には、家族以外に話ができる人がいます。先生やコーチが「最近どう?」と心配してくれる。それだけで、その子の世界には家庭以外の線が一本残ります。この一本があるかないかは、あとで効いてきます。
迷ったときの問いは「学校に行けているか」ではなく、「家の外に、つながっている線が何本あるか」。習い事はその貴重な一本です。
続けるためにハードルを下げる工夫
- 回数を減らして枠を残す:週2回を週1回に。やめてしまうと、再開には新規と同じ勇気が必要になります
- 行けない日を先に想定しておく:「今日は見学だけ」「行って無理なら帰る」を最初から選択肢に入れておく
- 教室に一言だけ伝えておく:「学校を休んでいますが、ここでは今まで通りで大丈夫です」。学校の話題を振られない安心が生まれます
新しい習い事を始める前に、確かめてほしいこと
よく分かります。周囲の目を避けたい一心で、不登校になった時期から学区外の教室を探し始めるご家庭は多いです。ただ、正直にお伝えします。私の体感では、そこがうまくいきにくいのです。
「学区外で新しく」がうまくいきにくい理由
学校を休んでいる子には、初めての場所・初めての人への抵抗感が強い子が多いという印象があります。知らない建物に入る、知らない大人に名前を呼ばれる、知らない子の輪に入る。学校でしんどくなっているのは、まさにその種類の負荷であることが少なくありません。
つまり「周囲の目」というハードルを下げるつもりが、「初めて」という別のハードルを積み上げてしまうことがあるのです。よかれと思って始める新しい習い事は、少し立ち止まって考えたほうがいいかもしれません。
それでも始めるなら
- 本人の口から「やってみたい」が出ているかを最優先にする。親が見つけてきた時点で、本人にとっては「やらされるもの」になりやすい
- いきなり入会せず、体験・見学・回数券から。「合わなかった」を安く済ませる
- すでに知っている人が一人でもいる場所から選ぶ(親戚・以前の友達・顔を知っているコーチ)
- 始める前に「合わなかったらやめていい」と先に言っておく。逃げ道があるほど、人は入り口に立てます
もし「外に出ること自体がまだしんどい」という時期なら、無理に外に足場を作らなくても大丈夫です。家に来てもらう・画面越しに話す形の家庭教師なら、初めての場所に入るハードルを越えずに「家族以外の大人と話す線」を一本つくれます。学習が目的というより、週に一度、親以外の人と話す時間を確保するという使い方です。
「習い事に行けるなら学校も行けるでしょ」と言いたくなったら
この一言は、親御さんだけでなく祖父母やきょうだいの口からも出ます。気持ちは自然なものです。ただ、この理屈は構造としてかみ合っていません。習い事と学校は、人数も、時間の長さも、評価のされ方も、会う人も、まるで違う場所だからです。
そして、この一言を言われた子は、行けていた場所まで行けなくなることがあります。せっかく残っていた一本の線を、こちらから切ってしまう形です。
言い換えの例
| つい言いたくなる言葉 | 言い換え |
|---|---|
| 習い事に行けるなら学校も行けるでしょ | 今日は行けたんだね。行ってみてどうだった? |
| 学校のほうが大事なんだから | 行ける場所があるのは、すごく大事なことだよ |
| そんなに元気なら明日は学校ね | 明日のことは、明日の朝に決めよう |
| 周りに何て言われるか… | (周りへの説明は大人の仕事。子どもに背負わせない) |
習い事に行けた、それだけで大きな一歩。この受け止め方にしておくと、少し前に進んだだけで一緒に喜べます。学校を基準にすると、どれだけ進んでも「まだ足りない」にしかなりません。
行けた日と、行けなかった日の受け止め方
先にお伝えしておきます。不登校の回復は、一筋縄ではいきません。昨日は行けたのに今日は行けない。そんなことはザラにあります。だからこそ、おすすめしたい構えが「最悪を想定して、楽観的に待つ」です。
- 最悪を想定する=「来週また行けなくなるかもしれない」と先に思っておく。行けなかった日に気持ちが崩れません
- 楽観的に待つ=それでも、また行ける日は来ると思って待つ。焦って予定を詰めない
この構えなら、行けた日は素直に喜べて、行けなかった日は「想定内」で済みます。上がり下がりの長い時期を、親のほうが消耗せずに歩けます。
学校がある日に外へ出るのは、ずるいことではありません
学校がある日の習い事、放課後の公園、平日の買い物。行けるなら、行ったほうがいいことは間違いありません。外に出られる日があるということは、その子の中にまだ動く力が残っているということだからです。
「学校に行っていないんだから家でおとなしくしていなさい」。この線引きは、罰のように感じられます。子どもはただでさえ休んでいることに罪悪感を持っています。そこへ外出まで禁じられると、家の中に閉じこもるしかありません。それが、いちばん避けたい引きこもりの入り口です。
周囲の目が気になるなら、時間帯と場所をずらすだけで十分です。下校時刻の前に行く、隣の学区の公園に行く、車で少し遠くへ出る。「行かせない」ではなく「行き方を工夫する」。それだけで残せるものがあります。
習い事より先に、相談してほしいサイン
次のような状態が2週間以上続いているときは、外に出す・出さないを考える前にしてほしいことがあります。
- 朝、布団から起き上がれない
- 夜中に何度も目が覚める・寝つけない
- 食欲が落ちた
- 以前は楽しめていたことを楽しめない
このときは、スクールカウンセラーや小児科・児童精神科にご相談ください。気持ちの問題に見えて、体の不調が背景にあることがあります。この段階では、習い事はまだ早い時期です。心と体の回復が先です。
まとめ
- 習い事に行けている子の共通点は「同じ学校の子がいない」こと。避けたいのは種目ではなく「休んでいる自分を知っている人の目」。だから選ぶ物差しは「誰に会うか・会わずに済むか」
- いま続いているものは学校より先に守る。習い事の役割は上達より「家族以外に話せる人がいる」こと。逆に、不登校になってから学区外で新しく始めるのは慎重に
- 「習い事に行けるなら学校も」は構造がかみ合っていない。その一言で、行けていた場所まで行けなくなることがある
- 構えは「最悪を想定して、楽観的に待つ」。昨日行けて今日行けないのは、この時期の当たり前
- 学校がある日に外へ出るのは、ずるいことではない。禁じるより、時間帯と場所をずらす
今日できる一歩は、新しい教室を探すことではありません。いま、その子が家の外でつながっている線を紙に書き出してみてください。習い事の先生、コーチ、近所の人、親戚、以前の友達。一本でも残っていれば、守る価値は十分にあります。学校に戻る日が来るとしても、そのとき手を引いてくれるのは、たいてい学校の外で切れずに残っていた線のほうです。
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