二学期が始まると、運動会の練習が始まります。学校を休んでいる子の親御さんにとって、この時期のいちばん重い問いは「行事だけでも出させたほうがいいのか」です。
元小学校教員として15年、いまはスクールカウンセラーとして学校現場にいる立場から、この記事では行事だけの参加を「出す・出さない」で迷ったときの決め方と、出ると決めたときに担任へ頼んでおくことを書きます。あわせて、多くの親御さんが黙って気にしている「ずるいと言われないか」にも、正直にお答えします。
結論:本人が行きたいなら、行事だけの参加はアリです
先に結論から言います。本人が「行ってみたい」と言うのなら、行事だけの参加は十分にアリです。私は現場で、学習面に不安があって授業には出られない子が、学級レクや社会見学、運動会、遠足といった行事にだけ参加する形を、何度も見てきました。それは逃げでも近道でもなく、その子が出せる範囲で出したという事実です。
逆に、本人が乗り気でないのに大人が押し出すのは、得るものより失うもののほうが多い——これが、現場にいた私の実感です。理由は後半で詳しく書きます。
その前に。本当に心配すべきなのは「運動会に出られるか」ではありません
ここでいったん、ものさしを置き換えさせてください。
不登校で私がいちばん懸念しているのは、学校に行けないことそのものではなく、そのまま引きこもりに向かってしまうことです。社会とのつながりが切れ、家族との会話も減り、孤立していく。その状態が長く続くと、生きている意味のようなものが少しずつ薄れていきます。結果として、あとから困ることが増えていきます。
だから大事なのは、家の外に、なんらかのつながりが残っているかどうかです。学校とのつながり、友達とのつながり、教育支援センターとのつながり——形は問いません。行事への参加は、その選択肢のひとつにすぎません。
この視点に立つと、問いが変わります。「運動会に出せるか」ではなく、「今、この子には家の外とつながる線が何本あるか」です。
| つながりの種類 | 例 |
|---|---|
| 学校とのつながり | 行事だけの参加、別室・保健室、担任との短い電話、プリントの受け取り |
| 友達とのつながり | 放課後に一人だけ家に来てもらう、公園で30分、オンラインで一緒に遊ぶ |
| 学校外の場とのつながり | 教育支援センター(適応指導教室)、フリースクール、習い事、図書館 |
| 家族以外の大人とのつながり | 祖父母、親戚、スクールカウンセラー、かかりつけ医 |
ここに1本でも線が残っていれば、運動会に出られなくても大丈夫です。逆に、どの線もほとんど切れているなら、行事に出す・出さないより先に、つながりを1本つくることを優先してください。
出す・出さないは、この一点で決めていい
判断の軸はシンプルです。「行きたい」がその子の口から出ているか。
| 今回は勧めていいサイン | 今はやめておいたほうがいいサイン |
|---|---|
| 本人の口から「行ってみようかな」が出た | 親が水を向けて、ようやく「…行けばいいんでしょ」と言う |
| 種目や当日の流れを自分から聞いてくる | 話題にすると黙る、部屋に戻る、機嫌が悪くなる |
| 「途中まででいいなら」と条件つきで前向き | 「行かないと親が悲しむ」という理由しか出てこない |
| その行事を以前から楽しみにしていた | 行事の前後に体調のくずれ(腹痛・頭痛・不眠)が出ている |
「行きたい」と言った日と、当日の朝の気持ちは別ものです。前日に決めたことを守らせる必要はありません。やめる自由が残っているほうが、子どもは行きやすくなります。
無理やり出したときに、いちばん傷つくもの
ここは本音で書きます。乗り気でない子を押し出したとき、心配なのは当日の失敗ではありません。
「やらされた」体験は、楽しめないし、やり切れない。そして本人の中に残るのは「お母さんに言われたから行った」という後ろ向きな記憶です。行事という楽しいはずの場が、そういう記憶になってしまう。
そして、その代償を払うのは親子の関係です。「あのとき無理に行かされた」という一件は、思っているより長く残ります。学校への一歩を稼ぐために、家の中の信頼を削ってしまっては、割に合いません。家は、最後に残るつながりだからです。
迷ったときは、「これをやると、親子の関係が悪くなるか」で決めてください。悪くなりそうなら、今回は見送りでいい。行事は毎年あります。
「行事だけ来るのはずるい」と言われないか
検索してみると、この言葉が実際に多く調べられています。親御さんが心配になるのは当然です。
正直に申し上げると、行事にだけ参加する子に対して、練習を積んできた周りの子から不満の声が出ることは、まったくないとは言えません。ただ、それは学校が扱う仕事です。クラスの子たちにどう説明し、どう場をつくるかは、担任と学校の役割で、親御さんが背負うものではありません。
そして、ここも本音で言います。行事だけ出るのは、ラクをしていることではありません。毎日通っている子にとっての運動会と、何ヶ月ぶりに校門をくぐる子にとっての運動会は、必要な勇気の量がまったく違います。それは、当日の朝の子どもの顔を見ればわかります。
親御さんにお願いしたいのは、周囲の反応を先回りで気にすることではなく、担任と「形」を決めておくことだけです。形が決まっていれば、周りへの説明も学校がしやすくなります。
出ると決めたら、担任にこう頼んでおく
参加の可否より、どんな形で参加するかを先に決めておくほうが、当日ずっとラクになります。そのまま使える言い方を挙げます。
| 頼みたいこと | そのまま言える言い方 |
|---|---|
| 途中から合流したい | 「開会式は難しそうなので、〇年生の出番の少し前に、校門から入る形でもいいですか」 |
| 途中で帰るかもしれない | 「本人がしんどくなったら、種目の途中でも連れて帰ります。抜けても大丈夫な形にしていただけますか」 |
| 待機場所がほしい | 「教室ではなく、保健室か相談室で待たせてもらえると助かります」 |
| 当日行けない可能性がある | 「行きたいと言っていますが、朝の状態次第です。来られなかった場合も、そのままで大丈夫でしょうか」 |
| 見学だけにしたい | 「出場はせず、見る側で参加という形は取れますか」 |
ポイントは、「できません」ではなく「ここまでならできます」で伝えることです。学校がいちばん動きにくいのは、参加できないことではなく、当日まで何も分からないことです。事前に一本連絡が入っているだけで、担任は準備ができます。
なお、練習に出ていないことをどう扱うかは、学校や担任によってかなり違います。「うちの学校ではどういう形が取れますか」と聞くのがいちばん早いです。前例がないように見えて、実は毎年どこかの学年でやっている、ということもよくあります。
運動会に出られなくても、大丈夫です
最後に、いちばん伝えたいことを書きます。
行事に出られたかどうかは、その子の回復の指標ではありません。運動会は、家の外とつながるたくさんある手段のうちの1つです。学級レクでも、社会見学でも、遠足でも、放課後に友達が1人来てくれることでも、教育支援センターに週1回顔を出すことでも、価値は変わりません。
大事なのは、本人が「行ってみたい」と思えるものが、どれか1つでもあること。それが運動会である必要は、まったくありません。
そして、行事の前後に朝、布団から起き上がれない/夜中に何度も目が覚める/食欲が落ちた/以前は楽しめていたことを楽しめない——こうした状態が2週間以上続くときは、参加の話より先に、スクールカウンセラーや小児科・児童精神科にご相談ください。気持ちの問題に見えて、体の不調が背景にあることがあります。
まとめ
- 判断の軸は「本人の口から『行きたい』が出ているか」のひとつだけ
- 本当に心配すべきは行事の可否ではなく、家の外に残っているつながりの本数
- 無理やり出したときに削れるのは、当日の成功ではなく親子の関係
- 「ずるい」への対応は学校の仕事。親がやることは担任と「形」を決めておくこと
- 頼み方は「できません」ではなく「ここまでならできます」
- 「当日やめてもいい」を先に決めておくと、かえって行きやすくなる
今日できる一歩は、お子さんに「今年の運動会、どうする?」と聞くことではありません。この子には今、家の外とつながる線が何本あるかを、親御さんが数えてみることです。1本でもあれば、その線を太くするだけで十分。行事は、その線を1本増やせるかもしれない機会のひとつ——それくらいの重さで構いません。











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